歴史は繰り返される?過去から学ぶ経営戦略②

歴史は繰り返される?過去から学ぶ経営戦略

 数々の経営戦略論。歴史は全く同じように繰り返したりはしないだろうが、その知識をいつ、どのようなカタチで活かすか、そして実践するかが学ぶ理由になる。

 社会の動きに、イノベーションに乗り遅れないために、歴史の知識を試行錯誤し実践んすることが大事だといっているような気がする本が↓

 

 労働意欲は労働条件より人間関係が決める!byメイヨー

ジョージ・エルトン・メイヨー

医学を学ぶが心理学に転向、哲学心理学教授となる。1922年に渡米。1926年にハーバード経営大学院に迎えられる。産業技術の発展がかえって人間の協働意欲を阻害し、社会は解体の危機に瀕しているという危機感から、技術の進歩に応じた社会的技能の開発と教育を説く。組織における人間的側面の重要性を重視し、人間関係論を展開した。1949年にイギリス で没す。

 1924年、ある会社の紡績部門の離職率は250%であった。これは毎月、従業員の20%が辞めている計算。

メイヨーはその原因を

  • 仕事の単純さ
  • 職場の孤独さ

による精神的疲労と考えた。なので、休憩を

1日4回10分

にしたところ離職率が年5%に激減した!

「本当に休憩で改善したのか?」byメイヨー

メイヨーは離職率改善の新たな仮説をたてる

  • 従業員の話を真摯に聴いたからか?
  • 保健室設置で看護師に悩み相談ができたからか?
  • 尊敬する経営者との打ち合わせで責任意識が高まったからか?

 1930年現場のマネージャーによる面接をしただけで(内容にかかわらず)生産性が向上したことがわかった。

労働意欲は労働条件より人間関係が決める

のだ。日常生活で精一杯の当時でも、労働意欲は対価ではなく人間関係によるものだということを証明した。

 

 

歴史は繰り返される?過去から学ぶ経営戦略①

歴史は繰り返される?過去から学ぶ経営戦略

 ビジネス書を読んでいると必ず出てくる経営戦略用語たち。ポジショニングだの、ケイパビリティだの、イノベーションだのと言われてもね。ビジネス書の『最新刊』というという売り場をみれば、今のブームがわかるけどね。

 そう、実は経営戦略の歴史を見ていくと、経営戦略もブームなんだってことがわかる。もちろん、その時代にドンピシャな考え方だったからブームになるんだけど。

 「最先端の経営戦略論だけを学べばいいじゃないか」とか「過去の使い古された手法は使えない」とか思ったりしてはいけない。

 『表面上「ブーム」に見えるのはその部分を見ているだけで、その本質は違うところにある』

と言っているのがこの本↓

 

  世に知れ渡った経営戦略論の多くは、実際に企業により実践されその理論を証明してきたものです。でも、それと同時に多くのものが実践不能なまま棄却された理論なのです。実践しなければ意味がない。でもできなかった。もしかしたらその理論が現代なら実践できるかもしれない。

 なので歴史として、社会背景、人物像、ストーリーを考慮しながらおさらいずれば、その理論の本質がわかるかもしれないのであります。

 

 歴史の勉強も本質は同じ。歴史を活かす方法とは

 歴史上の出来事は「」によって起こるというのに、何か理由を探ろうとするとその物事しかみない。学校の歴史の授業もそのようにみてしまうとつまらなくなる。

 経営学も同じだろうと思うのであります。起こった物事だけを見てしまうと何の進歩もないし、活かしようがないではないか。素晴らしい戦略も組織もCEOも「」だというのに。

 歴史を知ることは、過去から学ぼうという思うのではなく、今活かせるのではないかという目で見るのが正解。

 『せっかく編み出された「戦略」をどのようにして活かすか』

が大事。そして世の中の流れに乗り遅れないためには、とにかく『やってみる』しかない。それが正解。

「偶然の科学」で知られるダンカン・ワッツ曰く

「答えは知ってしまえば、全てが必然である」

ヒトは

  1. 過去と現在を必然と思いたがる
  2. 結果に目が眩む
  3. 自分に甘い

ので、その逆の考えで行動すれば正解

  1. 過去(成功)から学ばない
  2. 結果(成功)だけ見ない
  3. 自分で自分を評価しない

まさに本質。

 

「伝統」とは何か?を再考する本

日本の伝統とは

 日本に絞ってお話をするのなら、「日本古来の伝統」というのはよく聞く。というかむしろ、今の生活スタイルや慣習、社会のシステムまで全て「古来の伝統」でもって成り立っているというように感じるのは、MoominNだけではあるまい。

 そんな「伝統」について、「ちょっとまてよ」と一言いっているのがこの本↓

 

「日本の伝統」の正体

「日本の伝統」の正体

 

  実は比較的新しい時代に『発明』された「伝統」が、さも大昔から存在するかのように振舞っている例は多々あるのであります。

 

日本の「伝統」の定義

 「伝統」って何年続いていたら「伝統」なんだろうか?

 そもそも、現代の生活に密接した「伝統」は、生活様式自体が現代的になったところから始まったと思うのが自然。また、そうした生活に密接した内容というのは、経済活動にもつながっている場合がほとんど。

 ということは、一般ピープルが家をもって、モノが売り買いされる経済活動が一般的となった時代が、『今』の伝統の始まりではなかろうか?

 つまり、

 『江戸時代』(しかも中期以降)

 ということでしょうね。

 2018年から計算すると300年前が始まりということ。まあ、「伝統」といっていいでしょう?

 現代的な生活という感覚であれば、

 『明治維新』かと。現代から150年前。まあ、これもOKかな?

 

暦(六曜)についてモノ申す

 日本の暦に『六曜』というものがありますよね。

 先勝友引先負仏滅大安赤口

  です。Wikipediaによると

日本では、の中でも有名な暦注の一つで、一般のカレンダー手帳にも記載されていることが多い。今日の日本においても影響力があり、「結婚式は大安がよい」「葬式は友引を避ける」など、主に冠婚葬祭などの儀式と結びついて使用されている。

六輝(ろっき)や宿曜(すくよう)ともいうが、これは七曜との混同を避けるために、明治以後に作られた名称である。

ということで、中国から伝わったのは室町時代と言われているようです。この六曜について福沢諭吉が文句を言ったことから一時、正式に禁止したいきさつがあり、現代のように使われるようになったのは、昭和になってからみたい。

福沢諭吉曰く

これまでの暦には、つまらぬ吉凶を記し、迷いの種を多く増し、或いは婚礼の日限を延ばし、或いは転売の時を縮め、或いは旅立の日に後れて河止に逢うもあり。或いは暑中に葬礼の日を延ばして死人の腐敗するもあり

とけなしまくってます。

科学的根拠がないこともない(恐らく統計学に近い)のだろうが、それによる不都合や悪用も多いという点では、確かにその通りだろうと思うのであります。

 建設業では、こうした暦は今も重用されている。何かを決める目安としても利用しやすいので「活用」されているのだろうという感覚。

 でもこうした迷信を使って根拠もなく「商売」にしようとするのはどうかと思う。まあ、「信じる者は救われる」のであって「病は気から」ですし、「念ずれば通ず」でしょうから、全否定もいけないと思うのであります。

 ちょっと話がずれるかもしれないが、デパート発の商売でありながら、さも日本の伝統であるかのようなものもある。

  • 重箱のおせち
  • お中元・お歳暮

なんかは典型であろう。

最後に 作家・山本周五郎の名言をひとつ

他人の評や風説に惑わされるな。事を行うなら、自分で是非の判断をしたうえでやれ。禅門のつくった俗話は山ほどある。

それが法律だ思い込んでいたが、実は規則でも何でもなく、人々の怠慢から今まで質問してこなかった単なる習慣だったということが多くある。

 

 

続「その業界の常識を打破してみたら?」という本

「そんなバカな」という戦略を探す

 成功している企業、特にピンチ脱出経験をした企業で多くみられるのは、その経営の仕方が一見したところ「非常識」なのに、実は理屈が通ているというところだ。そうした例を取材した本が↓

 

「バカな」と「なるほど」

「バカな」と「なるほど」

 

 

会社や組織の変化しようとする動きを邪魔する要因に、

企業のその業界における慣行が『常識』であると思い込むこと

の他に

「こうするべきだ」という『べき論』の声が大きい

ということがあります。本書内では、

『べき論』をよくよく検討すると「自分都合主義」という特徴が見えてきます。つまり、世の中の変化や時代の流れに逆らう人は、その流れがマイナスに作用する人であることがほとんどである。

 と言ってますが、MoomiNの考えは、

『べき論』は長年のノウハウの蓄積であって、バイブル的な事柄だと思うのだが、大企業ともなると自分に都合が悪いことを隠すために持ち出す人が多いのでしょうね。ただ、ビジネススピードが速いと「昔はだめだった」ことも「今ならいい」ということがあり得るわけで、じゃあ結局正解は?なんてことになってしまう。

 こうした意見をまとめることができるのは、結局は経営方針をしっかり示すトップの力ではないかと思うのであります。

 

伝える・伝わる

 前回、この本は1988年初版で内容は古いとお話しましたが、例として挙げられた企業の現在を調べてみると、今現在でも変革・革新を繰り返して成長しています。

 そうした企業が苦労した点について本書では、

「いかに戦略を社員に伝えるか」

をあげています。

戦略を社員に伝えるために

  1. 口頭・・・経営方針の発表
  2. 文書・・・経営計画の作成・発表
  3. 人事・・・誰を選ぶかで戦略を伝える
  4. 予算・・・会社の本気度を伝える
  5. 組織・・・組織改革で伝える

 マイナスの情報は企業におけるイノベーションの源泉!!

 情報という漢字は「情け」に「報いる」と読むことができる。情報は非人間的な技術なものと思いがちだが、実は情けに報いてくれるもの、つまり人間的で心理的で情緒的なものであるのです。

 即ち、情報の伝え方、伝わり方、捉え方は『人の情』で変わるのです。

 

松下電器産業 山下俊彦前社長 曰く

「社長という仕事は、みんなが納得する危機感を採りだして全員にそれを自覚させることだと思います。そもそも第三者の目には順調にいっているように見える時に、みんなに危機感を持たせないと何の効力もない」

 

受け入れるべき事実もある

 しかしながら、会社における「社員」が組織として理想的に育て上がるには5年必要だといわれています。それは、その会社の思想や風紀を受け入れない者が辞めていき、受け入れることができた者だけが残るのに必要な年月だからだそうです。

 即ち、『人づくりは人選び』というのが極論であるが事実であるらしい。

 

 また、消費財の購入決定の85%は女性によってなされているのに、経営の在り方は男性主動ということが多い。会社の中で消費財を開発し、サービスを考え出しているのが男性であるというのはどうもおかしい。

 「男の職場に女性が入ると男性の行儀が良くなる」

というのは確かにそうなんだろうけど、

これも「業界の常識」や「べき論」から生み出される『バカなこと』なんじゃないかと思うのであります。

 

 

「その業界の常識を打破してみたら?」という本

一見「非常識」な経営をして成功した会社を紹介

 業界にとって「当たり前」なことや「常識」なことが、実は何の理由もないことであったり、ただの慣習であったりということは結構ある。その業界に永く居れば居るほどその色に染まり、「それ以外のこと」すら発想できなくなる。

 業界にとって「当たり前」なことや「常識」というのは、ある種の「ルール」になっていたりするわけで、それがまた「変えよう」とすることの邪魔をするわけであります。でも、そこからとっても素敵なカタチで脱却できれば、その会社はオンリーワンの存在になれるのであります。

 ということで、一見「非常識」に見える経営をすることで、オンリーワンな会社となった事例を紹介した本が↓

「バカな」と「なるほど」

「バカな」と「なるほど」

 

  この本、実は初版が1988年です。なので、事例は「埃をかぶった」ものであり、今と比べても明らかに価値観も考え方も違う。ということで、

  • 『本中の時代背景』→「その業界の常識」
  • 『その会社の成功例』→「発想の転換方法」

という目で読むとそれなりにクリエイティブな発想が湧き出そうな気がする。そして、「常識」を変えるという大事業を行う過程に組織運営手法のヒントも隠されているのであります。

 

非常識な戦略から「経営」を学ぶ

本中に成功例として挙げられた会社さん達がこちら※出番順

戦略、組織人事、工場マネジメント、マーケティングなど経営の仕方が一見したところ非常識と思えることが少なくない。「そんなバカな」と思わず言いたくなるようなことだが、経営者や実務担当者の説明されると、理屈が通っており「なるほど」と納得できる。そんな例が挙げられています。

続・自分の『想い』を生きる目的(仕事)にする本

 「見栄や物欲のためにお金が欲しいから働く」というのもその人にとっては正解だし、「世のため人のためでないと頑張れない」という人もいるわけです。

 様々な体験をきっかけとして、自分の使命は「世のため人のためだ」と考えた著者が、世界の貧困地帯に学校を建設する非営利活動を紹介したのが☟

 

えんぴつの約束

えんぴつの約束

 

 

  ボランティア活動に参加する理由は人それぞれ。勤労の理由も人それぞれ。価値観や倫理観やファッションセンスも人それぞれです。なので、物語(特にノンフィクション)を読むときは、その考えや行動が正しいかどうかというよりも、その過程がいちばん大事で参考になる。

 

 きっかけと情熱の原動力

 著者が貧困地帯に学校建設の活動をしようと考えたきっかけが、インドを旅行中に現地の男の子に「何でももらえるとしたら、何が欲しい?」と問うと「えんぴつ」と答えたことだった。

 「施しはいらない。ただ学びたい。アナタがいなくてもワタシが子どもと村のみんなを教えられるように」

 ぼくはそれまで、貧しい人に施しを与えるのがチャリティだと思っていた。ぼくはそれを単純な一方通行の行為だと思い込んでいた。

 恵まれない人に施しを与えても、彼らのためにならない。残酷な依存の循環を生み出すだけだ。

   「これだ!」と思ったならば、後は動き出すだけ。でもそれがいちばん難しい。「理想と現実」ですね。

 どんなことでも「やり始め」というのは「リスクしかない」という思い込みが強い。バイタリティある人はいい意味でそういう思い込みをもっていないと思うのであります。でも、多くの人(特に大学出の広告代理店出身の著者)は、まちがいなく「リスク」のことを考える人であったはず。

 そんな著者に友人が言ったひとこと

「リスクをとるなら、今じゃないか。20年もしたら家族ができて住宅ローンもあるぜ。リスクなんかとれないだろ。責任ある身だからな。リスクをとるなら若いうちだ。」

そして、悩む著者はピアノコンサートでこう思う

「もしこのピアニストほど強くひとつひとつのことに情熱を燃やせたら、自分の心が満たされるはずだ。自分より大きな何か、他者の気持ちを動かす何かをはじめたい。

出来事の一つ一つは何でもないことでも、それが幾重にも重なると『ひらめき』になる。

「大きなアイデアは突然どこからか生まれてくると思っている人は多いが、実は小さなひらめきの積み重ねがブレークスルーにつながる

のであります。

 

「非営利」ということばの定義を変える

 「非営利活動団体」といっても営利を出して運営費にしないと活動ができないわけで、そこだけで団体の活動や価値をみてしまうのは失礼だ。特にビジネスマンからすれば営利を出すために苦労しているわけで、そこが絶対の評価基準。そうした人から見れば「非営利」=「無価値」という極論になってもおかしくはない。著者もそのことにふれている。

 価値がないだって?それはおかしい。ぼくたちは利益を出さないためでなく、大義を果たすために存在しているのに、否定的な言葉でその業界を表すなんて間違っている。

 やらないことを強調するのではなく、やっていることを表現すべきじゃないか?

 社会のためになる活動を行い、その効果を広く測定していることを、もっと大胆に訴えた方がいいのでは?

  『名は体を表す』というが、法的な名前はそうであったとしても、あくまでもグローバルレベルで教育問題解決の一助を担う起業家であるということです。

 

起業家として心構えを学ぶ

 成功体験だけでなく、失敗もある。そもそも起業家というのは

「崖から飛び降りながら飛行機を組み立てる」By リード・ホフマン

 ようなものだ。そういうスピード感のなかで活動すれば、自分の力だけでは何ともできない。著者も事件が起こる毎に、いろんな人に助けられて多くを学んでいる。

 事件が起きると注目されるのは加害者と被害者だ。もしどちらかの振る舞いが違っていれば、事件は起きなかったかもしれないと思う人も多い。だが、実際には見物人、つまりそのことで損も得もしない人の役割の方が大きい。

この考えをしっかりともっているならば、たとえ自分が当事者でなくても、他者を守るということの重要性&責任を第一に考えるだろうと思うのであります。

 

 「本物の発見の旅とは、新たな景色を見ることではなく、新たな目を持つことである。」 マンセル・プルースト

 

自分の『想い』を生きる目的(仕事)にする本

 紹介の本は、 自分が本当にやりたかった仕事ができて、休日は趣味に時間をかけられるという方には、いまいちピンとこない内容かもしれない。勤労に対する考え方は人それぞれで、なかには世論や他者に振り回されて、気が付いた時には「何もできなくなっている」ということはありがち。

 自分が考え、想い、「こうしたい!」と思ったことも行動に移すのはたいへんなことだと思うのであります。なぜ行動を起こせないんだろうか?たぶん「どうしたらいいか、わからない」というのが一番の理由ではないかと。

 そんな自分の想いを行動に移せずに悶々としている方の道標となるだろう本が☟

えんぴつの約束

えんぴつの約束

 

 ただし、「社会のために」とか「他者のために」とか「地域のために」とか「教育」ということばに何にも感じない人は、内容が全てきれいごとにしか見えなくなると思う。それは、考え方は人それぞれだから。みんながみんな、著者のような考え方だったなら、それはそれで意味で大変なことになると思うし。

 

行動をするきっかけは「えんぴつ」から

 著者は学生時代に、学生が客船で寝食を共にしながら世界各地を航海するプログラム(セメスター・アット・シー)に参加。航海中に大嵐に遭遇し、転覆直前の体験をする。そんな旅行の中、インド・タージマハル近郊で出会った男の子に質問をする。

なんでも好きなものがもらえるとしたら何が欲しい?

すると男の子はこう答える

えんぴつ」と。

 

 

 世界には学校がない、学校にいけない子どもがたくさんいる。そして、客船の生死の間の体験と男の子がえんぴつをダイヤモンドのように大事に抱えて走っていく姿を見て、物事や社会の見方が変わるきっかけとなったそうだ。

 ぼくにとって書くための道具でしかない鉛筆は、その子にとって扉を開く鍵だった。それは、創造性や好奇心や可能性への入り口だった。偉大な発明家も、建築家も、科学者も、数学者も、子どものときに手にした一本の鉛筆から生まれた。

 お金をあげるかどうかで悩むなら、鉛筆かペンをあげよう!!

  そこから、貧困地帯に学校を建設するための団体『ペンシルズ・オブ・プロミスを設立する。

 

社会起業家への世間の反応をリアルに描いた物語

 本書の物語の中で、著者が大学卒業後に就職した大手広告代理店を辞めるべきかどうかという葛藤が描かれている。理想をとるか現実をとるか。著者が理想を「とれた」のは「若いから」というのが一番の理由だろうけど、社会や勤労や自分の想いに対する物事の見方が『特殊』な人にとっては、理想も現実もなく、それがあるべき姿(道標)なんだろうと考えるのだと思うのであります。

 物語は「非営利活動法人」の設立を考える方には参考になると思うのですが、企業活動として置き換えても参考になると思うのであります。初動から成長過程まで、どのように考え、行動するかは起業を考えている人にとっても参考になるし、読み手にエネルギーを与えてくれる

 全体に感じたのが、物語中盤から登場する著名人の数々と、著者のお兄さんが立ち上げた音楽レーベルからでたスターが「ジャスティン・ビーバー」だったりと、ヴァージン・グループの設立者『リチャード・ブランソン』に似てるなあって思ったりして。バイタリティーある人って、いろんなものを惹きつけるんだなあと思うのであります。

 

次回へ続く

 

ゲーム理論⑥「範囲を考える」

 新規参入は常に不利な状況です。品質やブランドの認知・証明、取引関係、固定客など何ももっていないから。でもでもそれは「付加価値」がないからで、決して不利なだけとは限らない。戦略があれば、「後出しジャンケン」の優位性を獲得できるかも。

 「競争相手」や「価格」だけをみるのをやめて、「すべてがつながっている」と考えればさまざまな戦略が見えてくる。

 

ゲーム理論入門 (日経文庫―経済学入門シリーズ)

ゲーム理論入門 (日経文庫―経済学入門シリーズ)

 

 

 

ゲーム理論で勝つ経営 競争と協調のコーペティション戦略 日経ビジネス人文庫

ゲーム理論で勝つ経営 競争と協調のコーペティション戦略 日経ビジネス人文庫

 

 

後出しの優位性

 任天堂が8ビット家庭用ゲーム機『ファミコン』で成功している頃、セガエンタープライズ社は16ビット家庭用ゲーム機『メガドライブ』で勝負に出た。当初は鳴かず飛ばずの販売だったが、ゲームソフト『ソニック』とゲーム機本体をセットで販売したころから任天堂とのシェアが逆転。さらに任天堂は8ビット市場をも失うこととなる。

 任天堂がすぐに16ビット市場に参入したかったのは、

  • 8ビットの市場はまだ盛況だった。
  • 16ビットに移れば、8ビットの市場が衰退する懸念があった。(付加価値の喪失)
  • 開発中の16ビット機とそのソフトに自信があった。
  • 参入と同時に16ビット市場の価格競争が始まるため、利益確保が難しい。

 からで、選択は合理的であったといえる。

 

 

 このように、新規参入であっても「新しい技術」をもって「優れた製品」による参入であれば後出しジャンケンとすることができる。

 

違った角度から見てみよう

 1977年アメリカのミンネトンカ社はプラスチックのポンプ式ボトルと液体せっけんを開発・発売した。この時も、大手石鹸メーカーは参入を遅らせた。

  • 液体せっけんの成功が本物か不明
  • 革新的だが必要性は感じなかった
  • 既存の固形石鹸の付加価値を失いたくなかった
  • 液体せっけんは「石鹸」ではない(洗剤である)
  • 液体せっけんは「病院用」で世間的に印象が悪い

大手の参入が遅れれば遅れるほど、市場先行者は優位に立てる。

 

最後に

 どんなゲームも「より大きなゲームの中でしている」ということ。ゲームを変えるために他者の犠牲は必要ないんですね。

 正しい戦略を見つけることは、他者との関係における「協調」と「戦争」の要素を見分けていくことなんです。そうすることで、自分の利益になるようにゲームを組み立ててみよう!!

ゲーム理論⑤戦術

巧妙な策を動物から学ぶ

 極楽鳥や孔雀はなぜケバケバしく長い尾羽をもつのか?邪魔だし、目立つので餌食になりやすいのではと。

 

ゲーム理論入門 (日経文庫―経済学入門シリーズ)

ゲーム理論入門 (日経文庫―経済学入門シリーズ)

 

 

 

図解で学ぶゲーム理論入門

図解で学ぶゲーム理論入門

 
ゲーム理論で勝つ経営 競争と協調のコーペティション戦略 日経ビジネス人文庫

ゲーム理論で勝つ経営 競争と協調のコーペティション戦略 日経ビジネス人文庫

 

 

 しかし、ダーウィン曰く

メス鳥は単純なルールに従って行動する。オスの中で一番長い尾羽をもったもののところに行くのだ。

 つまりは尾羽の長いオスを獲得すれば、そのメスの子は次代もモテモテなのである。

 ダーウィンが言いたいのは、

流行はいったん走り出すと、それが勝手に加速していく

ということだと思うのであります。

 進化という観点からは矛盾のある『長い尾羽』も、結果的には「自分はハンディキャップをもっていても生き残れるのだ」と示すことになる。

 

判断の基準

①雇用の採用には判断基準があると思いますが、大学卒業を示す「卒業証明書」は、応募者の能力を示すいい判断材料です。しかし、大学教育を受けたから有能だというわけではない。重要なのは「大学を卒業することが難しいという事実」なのです。

別の良くある例として、銀行やコンサルティングといった専門サービスが新規出店する場合、オフィスを贅沢につくる。お金をつぎ込むことは自信を示す方法として用いられる。目に見える形でアピールすることは自社の製品やサービスに対する自信を示すのです。

 

シャーロック・ホームズの物語「シルバーブレイズ号事件」の一場面。ホームズはレースの2日前に消え去った馬の捜索に呼ばれる。明らかに、誰かが厩舎に忍び込んで馬を連れ去ったのだ。

捜査官 「ほかに注意しなければならない点はあるかね」

ホームズ「番犬の奇妙な行動です」

捜査官 「番犬は何もしていないぞ」

ホームズ「それが変だというのです」

 ホームズは盗んだのは番犬の見慣れている人間だと考えた。案の定、犯人は調教師だった。ホームズと同様、起こらなかったという事実から判断することができる。

 

複雑な料金体験は判断基準を覆い隠す任天堂ファミコンの販売当初、割安に販売した。でも、それはほんの始まりで、ゲームソフトを購入する度に多額の費用を伴うことになる。もしも本体を購入する時点でこのことを知っていたなら、いくら子どもが欲しがっても本体を購入することはなかったかもしれない。

 マイクロソフトのウインドウズ95も発売当初、機能を考えればとってもお買い得だった。でも、PC本体がその10倍の費用を要することを加味すると果たして本当にお買い得なのだろうか?と考えるでしょ。

セット販売』や『プラン割引』もまさに本体を霧に隠した販売手法です。

 

④価格が安ければよいとは限らないのであります。「価格が低いと質も低い」という認識が生じる恐れがあるから。純粋に割引を行っても許されるのは「ブランド」が確立しているものだけなんです。本来は。

 

ゲームを変えるには、他者(他社・顧客)の認識を変えることから!!

 

次回に続く

ゲーム理論④付加価値を高めるには

 水ほど有用な物はない。しかし、水で何かを買うことはほぼ不可能だ。それと交換に何かを得ることはできない。逆に、ダイヤモンドは実生活には何の役にも立たない。しかし、それと交換にとても多くの財を得ることができる。 

出典「1776年アダムスミス 諸国民の富」

 

 

ゲーム理論入門 (日経文庫―経済学入門シリーズ)

ゲーム理論入門 (日経文庫―経済学入門シリーズ)

 

 

ゲーム理論で勝つ経営 競争と協調のコーペティション戦略 日経ビジネス人文庫

ゲーム理論で勝つ経営 競争と協調のコーペティション戦略 日経ビジネス人文庫

 

 

任天堂ビデオゲームにおける成功の秘訣は、

  1. 比較的安価な専用ハード
  2. 質の良いソフト群

だ。しかし、ビデオゲーム機としての成功だけでなく、結果的に付加価値をつけることに成功したことによって、その効果を倍増させている。

そもそも、ビデオゲーム任天堂ファミリーコンピュータの販売を開始いた10年前に、アメリカの『アタリ社』が販売を開始している。しかし、質の悪いソフトが市場を荒らし、一時的な流行として衰退した。

それを知ってか知らずか、任天堂のソフト管理は徹底していた。

  1. ハードに保護チップ
  2. ライセンス制。しかも1ライセンスにつき5本までの開発
  3. 売り上げ低下したソフトを市場から回収
  4. ソフトのカートリッジ生産数を管理

 ※ソフト用カートリッジを市場が必要とする数の25%しか販売しなかった

良質なソフトは、ハードの販売を促進させ、ハードの製造コストを下げることができた。また、販売数の増加は、多くのソフトウエア開発者を引き寄せ、さらに多くの良質ソフトを生み出す。そんな感じでソフトの販売数を制限したために、ソフトは慢性的な不足状態だった。これが、さらなる付加価値をつくり出すのであります。

  • (子どもは)手に入らないものは欲しがる。
  • 不足はニュースになる。無料の宣伝。任天堂は広告費に売り上げの2%しか使わなかったというのは有名な話。
  • 不足すると、人気のないソフトまで売れる。子どもはとにかく欲しがるものだ。
  • 過剰供給に気をつけろ!もちろん過少供給にもリスクはあるが。

しかし、水はありふれたものだから安く、ダイヤモンドは希少だから高いのか。それだけではないだろう。では、付加価値とはなんだろうか?

 

日本的なやり方で付加価値を作り出す

 個人間でも、企業と顧客間でも、良い関係を築くことが大切。競争市場で付加価値をつく出すのに良い方法もこれと同じ。どうすれば良いのか?

それは『返礼』である。

  1. 現金ではなく物で返礼したほうが効果的。
  2. 一番の返礼は一番の顧客に。大抵の企業は、一番良い待遇を新規の顧客に提供する。しかし、一番忠実な顧客を一番に扱うべき。恋する相手に花を贈るのと同じでなければならない。どこの企業も新規を大切にしてしまうと、顧客はより良いサービスを求めて次から次へと契約を移して行くだろう。
  3. 返礼をするつもりなら前もってその意思を伝えておくこと。
  4. 自分が独占者であっても返礼をすること忘れてはならない。
  5. 競争相手にも固定ファンがいることが大事。そうすれば価格競争を防げるだろう。

 

付加価値をいかに高めるか

 競争がなければ付加価値が失われれることはない。そんでもって、他社の付加価値をいかに低めるかが戦略を考える上でのポイントとなる。

付加価値を維持するためには、顧客や供給者と強い取引関係を築いておかなければならない。例え戦略を『模倣』されても、信頼関係があれば生き残れる。

 IBMが1981年にパソコン市場に参入した時、アップル社が大きなシェアをもっていたためにIBMはPCの開発を急ぐ必要があった。PCプログラミング「OSオペレーティングシステム」を自社開発をしないで『インテル社』と『マイクロソフト社』に任せ、IBMはソフトの開発に尽力した。するとハードウエアを模倣した他社が多数参入。IBMは付加価値は一気に減少した。

 何が間違っていたのか?IBMは戦略的にOSを含めたハードウエアに集中すべきだった。少なくてもその時点では優位な立場で付加価値をもっていたからだ。他社の参入でハードを必要としなくなったインテル社とマイクロソフト社が付加価値をもってしまった。

 

次回に続く